ドイツ語の目下の壁が接続法である。その辺のことをいいかげんにやり過ごしてきたツケが今来ていて先に進めない。英語で言えば仮定法にあたるのだろう、まあこちらもあまりアクティブに使えているレベルではないことも敗因?の一つ。韓国語も同じで、間接話法的なものがなかなか厄介。ここをクリアするとだいぶ違うんだろうなぁと思いつつ、日々自習ちう。で、まずはドイツ語のこれをなんとかしたい、とYouTubeで探せばなんといろんな解説動画があるじゃあありませんか。とりあえず一つターゲットを絞り今朝はひとしきりそれに見入った。こんな学習チャンスがあるのは隔世の感、言い訳の利かない時代よね。ありがたいこったよ。

で、たとえば接続法I式は活用に例外がないので「活用表」には載ってない。載ってるのはⅡ式だけなんだが、なんでI、IIがあるかというとIでは直接法現在形と同じになってしまうもの(人称)が多いからそれ以外をII式でというのもある模様。で、その例外のないI式の変化を当たり前のこととして受容するには直接法現在形の活用がきっちり頭に入ってないとそこの区別が曖昧になってしまうので、接続法は学習段階としては後の方にくる、実際の使用頻度が高いにも関わらずね。結局、母語以外を学ぶってことはこの厄介さがあるわけです。決まりごとをまずはきっちりおさえることの必然。長じて学ぶ上の必然。ネイティブ、バイ(以上の)リンガルはまた違うんでしょうけどね。これを改めて思った午前でした。

で、一応音楽家でもあるので比較したり、演奏の実際ではどうなのか、とか考えるわけです。音楽と言葉の密接な関係を前提とすると、やはり同じような「段階の壁」があると思うわけです。基礎的な言葉の知識、活用等の決まりごとが身についていないと、ある程度以上の話力には及ばない、という。「今日は良い天気です」は言えても、「今日が良い天気だったらいいのに」が言えない不自由さ。その楽譜の音を出せていても音楽になっていない、みたいな。ここが自分で一番気になってるとこなのだなあ、という。言葉も音楽も、場所や時代が異なればみんな違うんよね。まあ、それもこれも混ぜ込んで「今の私が奏でる(ホン)モノ!」とか言っちゃうこともできるんだろうけど、一面それは傲慢にも感じるし、その言語、音楽によっての異なる美しさだったり個性を尊重したければこれはもう学ぶしかないよね、果てしなく。

いま夜も更けてからは風が強くて不穏な様子だけど、朝は穏やかな曇り空だったのでお散歩。春の朝の公園は最高だよ。

おやすみなさい。よい夢を。平和を。。。。